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最高裁判所第一小法廷 昭和42年(オ)803号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人青木定行、同中野慶治、同青木達典の上告理由第三点について

論旨は、原審が、被上告人より上告人に対する昭和四一年六月二日付け同月四日到達の書面による(同三七年一二月一六日より同四一年五月一五日に至るまでの)延滞賃料合計七三万八〇〇〇円の支払の催告およびその不払を条件とする賃貸借契約解除の意思表示の効力を判断するにあたり、かりに被上告人の受領遅滞がこれに先行していたとしても、右催告により受領遅滞の効果は解消していたものと判断したのは、法律の適用を誤つたものであると主張する。

よつて按ずるに、記録によれば、上告人の主張する被上告人の受領遅滞は、(一)昭和三七年一二月一六日、上告人が、その妻をして同年一二月分(同年一二月一六日より翌年一月一五日まで)の賃料一万六〇〇〇円を被上告人方に持参提供せしめたところ、期間満了により賃貸借が終了したとしてその受領を拒絶され、かえつて明渡しを要求されたこと、(二)上告人が、被上告人より上告人に対してなされた昭和三八年四月一五日付け翌一六日到達の書面による(同三七年一二月一六日より翌三八年五月一五日までの)賃料月額一万八〇〇〇円の割合による合計九万円の支払の催告およびその不払を条件とする賃貸借契約解除の意思表示に対し、催告期間内である同三八年四月二〇日、催告状記載の被上告人肩書住所地に右金員を持参して支払おうとしたところ、被上告人不在のため、居合わせたその母光榎に来意を告げて受領を求めたが、直接被上告人本人に支払われたいとの理由で受領を拒絶されたこと、の二回であると認められる。

そこで、上告人は、被上告人はその催告および条件付解除の意思表示に先だち賃料の受領遅滞に陥つたので、その後の賃料支払につき上告人に遅滞の責はないから、被上告人の契約解除の意思表示は効力を生じないと主張したのに対し、原審は、前記昭和四一年六月二日付け書面による催告および解除の意思表示につきその効力を判断するにあたり、前述のように、かりに被上告人の受領遅滞がこれに先行していたとしても、右催告により受領遅滞の効果は解消したものとして、上告人の主張を排斥したことが明らかである。

しかしながら、債権者が契約の存在を否定する等弁済を受領しない意思が明確と認められるときは、債務者は、言語上の提供をしなくても債務不履行の責を免れるものと解すべきであること(昭和二九年(オ)第五二二号、同三二年六月五日大法廷判決、民集一一巻六号九一五頁)、また、双務契約上の債務の受領遅滞にある者が契約解除の前提としての催告をするためには、受領遅滞を解消させた上でこれをしなければならないこと(昭和三一年(オ)第六八六号、同三五年一〇月二七日第一小法廷判決、民集一四巻一二号二七三三頁)は、当裁判所の判例とするところであつて、被上告人の受領拒絶に関する上告人の主張は、右判例に照らして検討することを要する。

本件において、上告人の履行すべき債務は、同一の賃貸借関係から生ずる賃料債務であるから、ある時点において提供された賃料の受領拒絶は、特段の事情がないかぎり、その後において提供されるべき資料についても、受領拒絶の意思を明確にしたものと解するのが相当である。そして、前記上告人の主張するところによれば、(一)昭和三七年一二月一六日に上告人より被上告人に提供された同年一二月分の賃料は、期間満了による賃貸借の終了を理由として、受領を拒絶されたというのであり、はたしてそうであるとすれば(なお、原判決の確定するところによれば、本件賃貸借は同月六日法定更新されている)、被上告人は、同月分の賃料につき受領遅滞に陥るとともに、その後に提供されるべき賃料についても、受領拒絶の意思を明確にしたものというべきである。しかるに、被上告人は、その後、率然として、(二)昭和三八年四月一五日付け書面をもつて賃料の支払を催告し、上告人が催告期間内である同月二〇日、催告にかかる賃料相当額を催告状記載の被上告人肩書住所地に持参して支払おうとしたところ、被上告人不在のため、居合わせたその母光榎に受領を求めたが拒絶された、というのである。はたして然りとすれば、本件において、被上告人とその父母との間に生活上緊密な関係があり、母光榎の拒絶をもつて被上告人本人の拒絶と同視しうるような事情があるときは、被上告人は、右提供にかかる賃料につき受領遅滞に陥るとともに、特段の事情がないかぎり、その後において提供されるべき賃料についても、受領拒絶の意思を明確にしたものといわなければならない(なお、記録によれば、上告人は、右賃料提供の前後にわたつて、被上告人の在所を明らかにするよう、被上告人またはその父豪介あてに照会を発したが、回答をえられなかつた、というのである)。

これによると、もし上告人主張のごとき事実が認められるとするならば、被上告人は、賃貸借の終了を理由とする賃料の受領拒絶の態度を改め、以後上告人より賃料を提供されれば確実にこれを受領すべき旨を表示する等、自己の受領遅滞を解消させるための措置を講じたうえでなければ、上告人の債務不履行責任を問いえないものというべきである。

しかるに、原判決が、前記昭和四一年六月二日付け書面による催告および解除の意思表示の効力を判断するにあたり、なんら右の事情につき審究することなく、かりに被上告人の受領遅滞が先行していたとしても、右催告により受領遅滞の効果は解消したものと判示したのは、審理不尽、理由不備の違法があるものといわなければならない。論旨はこの点において理由あるに帰し、原判決は、その余の点につき判断するまでもなく、破棄を免れない。そして、本件は、右に説示した点につきさらに審理を必要とするので、原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大隅健一郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎)

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